名づけて「ゲーム制作私的論」。
仰々しいですが簡単に言えば
「こんなゲームでありたいよ」という理想論を
無責任に語るぜよ、という場所でしょうか。
どうも名づけをミスった気がします。……後々考えよう。
初回は[プレイヤー]の存在について
古波多が考えることツラツラと書きます。
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まず、私についてですが
「シナリオ」であれば舞台でもドラマでも映画でもいいわけで
言えば小説のお仕事なんかも頂くことがあるわけです。
それでも、私にとって「ゲーム」のシナリオ作りが魅力的
そこに「プレイヤー」が参入するするからだと常々痛感しております。
ゲームにおいて購入者は「観客」ではなく
「プレイヤー」であるという点に、
限界はありながらも、他のエンタテイメントにはない
可能性を強く感じて仕方ないわけであります。
現在までにプレイヤーの意思が働く要素としては
強化方針、育成方針、経営方針、とかありますね。
PRGや戦略経営SLGなんかだと
的間ずれな方針に従うとゲーム進行がきつくなるわけですね。
さて、私が関わらせて頂くことが多い恋愛系AVGだと
「プレイヤー」が介入できる領域が基本的に狭いので
作りながらなかなか歯がゆい思いを致します。
幅を出そうとアクションやら戦闘要素を入れると
シナリオが薄くなったりするんで、やっぱり
選択肢というシステムをどう生かすかってなってくるんでしょうね。
要はGoodかBadか、恋愛が成就するかしないか、というところが
ゴールラインになっているからだと思いますが
ユーザーの選択は正解か不正解になってしまうのが
どうにも悲しい現実です。
いわゆる勝ち組負け組Endではなくて、
全部あるいみ勝ち組Endばかりとかにしておくと
選択肢にも正不正解だけでない
プレイヤーの個性という幅が出せるような気がしております。
とはいえ……AVG、特に私が関わることの多い恋愛系だと
魅力的なキャラがいて、その相手と大団円に辿り着くこと。
そしてその過程の物語が良い!ことが求められるって
類のジャンルかもしれないので
プレイヤーの介入とかは間違ったこだわりな気も
しますけども……。
某同職業な方々にWebで質問してみたところ
いわゆる恋愛ゲーに
プレイヤーの意思=主人公の行動みたいな構図は
別に求められてない気がする、という声が多数でありましたしね……。
「かまいたち」並に選択肢の幅があって
EDじゃ主人公と攻略キャラが犯罪に走ったり浮浪者になったり
ものっそい格好悪いことになってしまいつつラブラブみたいなのは
乙女系とか恋愛AVGじゃ需要ないすか、タブーですか?
古波多、少数派、の、悪寒。
少数派はいやだよ、ダダ滑りだから嫌だよ、ママン。
そして余談。
最近の「アヴァロンコード」の、
主人公が喋らないという一貫した姿勢には
プレイヤーの存在を重視していることを感じ
共感するものがありました。
そしてアドベンチャーゲームを略すとき
ADVとするかAVGとするか悩むよ
……というしまらない締めで、本日は終結。
長々しい酔い言に付き合ってくださった方々に感謝を込めて。

心の名曲NO1

